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古代の官道、横大路を歩く

横大路って?

今から約1400年前。「日本書紀」の推古天皇21年(613年)の11月の条に「難波(なにわ)より京(飛鳥)に至る大道(おおじ)を置く」と記されていることから日本最古の官道(国道)と呼ばれています。当時、大陸との外交の玄関であった難波津から飛鳥の都を結ぶこの道を通じて大陸文化がもたらされました。1400年も変わらずに人々の生活の傍らにあるこの道で、様々な人、物の往来に思いを馳せながら散策してみてはいかがでしょうか。

コース紹介

  • 大和八木駅→橿原市観光交流センター「かしはらナビプラザ」→横大路の太神宮灯籠→八木の接待場跡→八木札の辻交流館(東の平田家)→奈良県立畝傍高等学校(非公開)→三輪神社→耳成駅

橿原市観光交流センター「かしはらナビプラザ」

かしはらナビプラザ

中南和エリアは豊かな歴史や文化、自然を体感できる人気の観光スポットが点在する地域です。1階ではパンフレットも多数ご用意し、中南和エリアの便利で役立つ観光情報を紹介しています。(観光コンシェルジュが旅の相談にも応じます。)また、2階イベントスペースではそれらの地域の魅力を身近に感じられる展示を週替わりで開催しています。奈良のお土産もお買い求めいただけますので、奈良観光の際はぜひお立ち寄りください。

 

  • 住所 橿原市内膳町1丁目6番8号
  • 電話 0744-47-2270
  • 営業時間 9時00分から19時00分まで

横大路の太神宮灯籠

大神宮燈籠

江戸時代に、伊勢神宮へ参詣する「おかげ参り」が流行し、伊勢神宮までの道先案内として街道筋に太神宮灯籠が設置されました。この灯籠は、現在の場所から東へ約200メートルのところにある「接待場」と伝承されている場所にあったものを移設したものです。灯籠の竿(柱)に「明和八年辛卯九月参宮接待連中」の銘文が刻まれ、1771年に設置されたようで、伊勢神宮参詣者を接待した場所であったことが推測されます。

八木の接待場跡

八木接待場跡

江戸時代に流行した「おかげ参り」で伊勢へ向かう旅人、伊勢からもどる旅人で賑わいました。当時、大和伊勢街道沿いでは八木が最大の宿場町であったこともあり八木の人びとは、こうした旅人に対して食事や湯茶の接待を行いました。ここがその接待を行った場所で、「八木接待場」と呼ばれ長く大切にされてきました。

八木札の辻交流館(東の平田家)[橿原市指定文化財]

八木札の辻交流館(東の平田家)

「下ツ道」と「横大路」との交差点である「八木札の辻」を挟んで西の平田家、東の平田家が向かい合って建っています。いずれも江戸時代は旅籠で、東の平田家は18世紀後半かた19世紀前半頃に建てられたと考えられています。1階は接客と主人の居室、2階が宿泊施設として利用されてきました。改修を行い現在は八木のまちを散策する拠点として一般公開しています。

奈良県立畝傍高等学校(非公開)[登録有形文化財]

奈良県立畝傍高等学校

昭和8年(1933年)に奈良県立畝傍中学校舎として竣工されました。北館正面中央に宝形造本瓦葺の塔屋を建てて相輪をあげ、また陸屋根の四周を本瓦葺にするなど、近代的な建物の要所に和風意匠を取り入れ、奈良に相応しい意匠が特徴です。

三輪神社

三輪神社中ツ道と横大路の交差した場所に東面して鎮座する神社で、境内南西隅の水路の中には、古代寺院の痕跡ではないかと伝わる面堂の礎石があります。境内にあるケヤキは、嘉永元年(1848年)刊行の「西国三十三名所図会」にも描かれており、現在は太い幹には空洞が見られますが、当時から往来する人々を見守り続けています。

 パンフレットダウンロード

【古代の官道、横大路を歩く】表面

【古代の官道、横大路を歩く】表面

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【古代の官道、横大路を歩く】中面

【古代の官道、横大路を歩く】中面

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