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橿原神宮を歩く

神宮の森

『日本書紀』によれば、初代神武天皇は西暦前660年1月1日に畝傍山の東南、「橿原宮」で即位したと伝承されています。その伝承地に明治23年に橿原神宮が創建されました。紀元2600年(昭和15年)橿原神宮神域大拡張の際、全国から動員された延べ120万人の人々の勤労奉仕により植樹され成長した「神宮の森」は、今日、観光客や市民の憩いの場として親しまれています。

コース紹介

  • 橿原神宮前駅→橿原神宮→若桜友苑→東大谷日女命神社→畝傍山→イトクノモリ古墳→奈良県立橿原考古学研究所付属博物館→畝傍御陵前駅

橿原神宮

橿原神宮神武天皇が橿原宮で即位したという『日本書紀』の記述に基づいて創建されました。御祭神は神武天皇とその皇后、媛蹈韛五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)で、京都御所の賢所を移築した本殿は重要文化財に指定されています。約50万平方メートルもの広大な神域に建てられた檜皮葺きで素木造りの本殿と神楽殿が背景の畝傍山の緑に調和して、なんともいえない爽やかさと厳かな雰囲気に導かれ多くの参拝者が訪れます。

若桜友苑

若桜友苑若桜友苑は戦没者の英霊を慰めるため整備された慰霊公苑で、苑内には二つの碑と一つの錨が建立されています。整備された青々とした芝生の広場と正面に見える畝傍山とで、開放的で気持のよい静かな空間となっています。

東大谷日女命神社

東大谷日女命神社創祀年代は不明ですが、江戸時代には熊野神社と称して熊野権現をお祀りしており、ご祭神は伊弉册尊(いざなみのみこと)でした。明治20年頃から式内社・東大谷日女命神社とし、ご祭神を神功皇后へ変更しましたが、その後、媛蹈韛五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)に再度変更して明治35年に社名を東大谷日女命神社に変更しました。

畝傍山

畝傍山名勝大和三山のひとつで、標高は198.8メートル。畝傍山という名前は、田の畝のようにくねくねした尾根を多く持つところからつけられたそうです。東南のふもとには橿原神宮や神武天皇陵の森が広がり深閑とした雰囲気を湛えています。その景観は香具山、耳成山とともに万葉集に数多く詠われ、現代でも広く親しまれています。

イトクノモリ古墳

イトクノモリ古墳橿原神宮外苑内の池田神社にあるこの古墳は、全長約30メートルの前方後円墳でしたが現在は後円部のみがわずかに残っているだけです。明治時代の終わりごろ、前方部の土砂取りが行われ、古墳時代の古式土師器などが出土したことから古墳時代前期の古墳と推定されています。

奈良県立橿原考古学研究所付属博物館

奈良県立橿原考古学研究所付属博物館県内の多数の遺跡から出土した資料を通じて、日本史の中で重要な位置を占める奈良県の歴史について理解を深めていただけるように常設展のほか、春秋2回の特別展、夏には発掘成果の速報展を開催しています。展示室ではボランティアの方々による展示解説も行っています。また、映像ライブラリーや情報コーナー、休憩室など無料でご利用いただける施設もあります。

  • 開館時間 9時00分から17時00分まで(最終入館は16時30分)
  • 休館日 毎週月曜日、年末年始

パンフレットダウンロード

橿原神宮を歩く(表面)

【橿原神宮を歩く】表面

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橿原神宮を歩く(中面)

【橿原神宮を歩く】中面
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